愛は一方向ではないですし
出来ないこと、分らないこと・・・これを出来るだけ出来る、分るようにすることや、色々な物が混じり合ったコップの水の中から、目的のものを取り出しやすくするのが私の仕事であって、決して混ざっている物を取り除いて、コップの中を水だけにすることが仕事ではなく・・・というか、まあ、そんなことは出来ないのよ
ウフ
でもまあ、本当に必要なのはやっぱり愛されているのだという実感ですわ。他の人たちから信頼されている、役に立っている、頼りにされている・・・ことは愛ではないこともありますしね。
私などは、いくら感謝されても、いくら有難がられても、それを相手の方からの愛・・・などとは思っておりませんし、それはよく考えれば当たり前のことですしね。私の中に、子供たちへの愛はありますけれど、それは全体的な愛なのだ~。個別に愛せるかと言えば、誰でもかれでも愛せるわけではないのよん![]()
時々、こんな仕事をしていると、対象となる人たちに愛情を持って接して欲しい!と言われる方もありますけれど・・・そんなことが出来るわけないでしょう~。その人のために出来ることと、愛は別ものよ~。
そんなことは軽々しく言えませんし、思えませんね。私は親の立場でもあるけれど、専門家や周囲の人たちには、その人の立場の中で、出来るだけのことをしていただければ構わないのです。それ以上のものは求められないけどな~。
仕事をしながら感じることがいつもあって・・・主に相談してくる方がお母様だったりするからなのですが、家族からの愛を分る形で受けていらっしゃらないのかな・・・と思います。感謝することとねぎらうことは、奥様方が感じる愛とは違いますよ。
あ~なんだかネガティブ思考~![]()
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コメント
あけましておめでとうございます(゚▽゚*)
ことしもどうぞよろしくお願い申し上げます。記事の終りの部分はまさしくそう思いますです。主人はねぎらいのことばをよくかけてくれますが、その中に愛はあるのかな?そう思うことあります。仕事で部下にかける「お疲れ様」とどう違うのかな?って思うことありますね。もう「同居人」になり果ててしまったのですかね?今30代後半ですけれど、このままもう数十年も同居人なのかなー???
投稿: ほっぷ | 2009年1月 3日 (土) 21時10分
ほっぷ さん
やっぱり大事なのは愛よね~
いたわりの言葉はいたわりの言葉であって、愛情があるなら別の言葉や態度で示さんかい!・・・とお伝えください。
投稿: オニオン | 2009年1月 3日 (土) 22時28分